2017/07/25

魏志倭人伝はプロパガンダ文書

いやあ、すごい本が出ました。あ、まだか。
私が毎日読んでるブログというか、メルマガの一つに、宮崎正弘さんのがあります。
http://melma.com/backnumber_45206/
今日の発信の中で、田中英道『高天原は関東にあった』(勉誠出版)を取り上げてはりました。
昔から邪馬台国論争というのがあって、卑弥呼は実在したか、とか、邪馬台国はどこにあったか、とか、もういっぱい本が出てて、まあどれも一理あるけど、どれも決定的ではないなあ、というのが一般の人の感覚やと思います。
ところがところが。
この田中英道さん、私も以前に別の本を読みましたけど、もともとは西洋美術史家やってんけど、美術史家ならではの新しい視点から歴史の再解釈をしてはるのんがめっちゃ面白いねん。
最近、縄文時代というのは実は1万数千年も前からあったんや、とか、私らが学校で習うたんとは全然違う話がどんどん出てきてるみたいやね。
そういえば私も昔、中公新書で江上波夫の「騎馬民族国家」を読んで、へえー、何か面白そうやなあ、と思たもんやけど、今はそれはトンデモ論らしいわ。
で、話は戻ってこの邪馬台国論争の元になった「魏志倭人伝」というのは、もともとはシナの歴史書『三国志』中の「魏書」の中の一節やということらしい。
そもそもシナの歴史書ということは、それが書かれた時の権力者の正当性を書くもんやというのは常識やんか?せやから、たった一つの記述をああだこうだと研究するのんは意味がないんとちゃうか、ということらしい。それより、日本には『古事記』『日本書紀』という立派な史書があるやんか。で、それらはシナの史書との比較や検証にも耐えうるものやということが昔から研究されてるのに、日本の史書のどこにも邪馬台国、卑弥呼は出て来やへん、と。ちょうど今、シナ政府が「南京虐殺」をプロパガンダしてるのと同じこととちゃうか?ということです。
で、私が宮崎さんの書評文の中で感嘆した部分【田中氏は日本中どこを捜しても「卑弥呼神社」がないという冷厳なる現実から論を進める。】です。
あー、めっちゃわかるわー。日本には実際のところいつからあったかようわからんような古い古い神社がいっぱいあるそうです。
そういえば魏志倭人伝の「倭」、卑弥呼の「卑」、邪馬台国、「邪」の文字、これって、蔑称に使う文字やん?今でもときどき、卑弥呼はシャーマンやった、みたいな、日本の昔はおどろおどろしい未開の国やった、と言わんばかりの気持ち悪さがずっとあったことは確かです。
あーアホらし。
せやけど教科書の記述が変わるのには、まためっちゃ時間がかかるんやろなあ。。。「中国さまさま」の日本の歴史学者がおる限りは、、、、。

コメント

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歴史はウソをつく。人はもっとウソを書く

『三国志』晋の陳寿の著。魏書。魏のあとの「晋」の時代の著作なんですけど、その覇王は司馬懿の子供です。司馬懿は、魏の曹操に取り立てられて代々仕えたのですから、主君家を裏切ったいつもの「中国人」です。

魏志倭人伝が政治的に脚色された可能性は大いにあるようです。司馬懿が遼東の公孫氏討伐と朝鮮を含む東方に王威を示したと強調するためです。
普通なら北方、西方の遊牧民を討伐して誇るところですが、司馬懿にはその成果がなかったから、という説明です。

(wikiから)
>公孫淵の滅亡によって朝鮮半島北部が魏に押さえられたために、邪馬台国の卑弥呼が魏に使者を派遣するようになり、司馬懿はこれを自らの徳として誇り厚遇したという説もある。

あと、唐の時代あたりの書からですが、倭国と日本国とがごちゃまぜに出てくるそうです。倭国は九州北部と朝鮮半島南部とを勢力とする国だったと私は想定しています。
倭国は日本に吸収・併合もしくは滅ぼされたのではないかと。琉球独立でさえあほくさいのに、そのうち九州独立をまじめに叫ぶばかが出てくるんでしょうね。

江上波夫の「騎馬民族説」。これは反日自虐には歓迎されたもよう(笑)
学会には、強い疑念をもって議論をふっかけたり挙証を求める「良心的学者」もいたそうです。しかし、これも反日出版・メディアと江上学説信奉の派閥のちからによって封殺黙殺され続けた。
健全な学問のありかたではないですね。
歴史の事実と銘打って、必ず反日につなげる学説は疑ってかかるべし、です。

Re: 歴史はウソをつく。人はもっとウソを書く

弓取りさん
コメントありがとうございます。
なるほどー。深いですね。
たしかに倭国と日本国が一時期併存してたと考えるのが合理的な気がしますね。
今の歴史学会、何の価値もなさそうですね。古代史でもそうですし、近現代史だって、どんどん新しい事実が公になっても知らん顔ですもんね。